自然食品店 やさい村 店内 2016年

  • 1月号のご挨拶
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    2018.12.31 クリック
    越冬の準備

    越冬の準備

    越冬の準備

    皆さま、明けましておめでとうございます!2019年が皆さまにとって幸多き年となりますように心よりお祈りいたします!

    思い返してみれば、やさい村を始めるきっかけとなった「日本縦断生存への行進」がスタートしたのが1979年ですから2019年は、あれからちょうど40年が経過した事になります。

    その当時の日本はバブルの絶頂期、乱開発と公害が広がり、農地は農薬で汚染され、原発はその危険性を知らせぬまま各地に作られ、国民は飽食に酔いしれておりました。

    しかし、その一方で公害病が各地で発生、さらに成人病と当時言われた、今までになかった病気がうなぎ昇りに増加して行ったのです。

    私たちは、玄米菜食を実行しながら、原子力発電、農薬農政、食品添加物や精製塩の危険性を訴えて北海道から沖縄まで約4000キロを11ヶ月かけて歩いて日本を縦断し、自然農法や有機農業の優位性を訴え、まだ専売法で禁止されていた自然海塩を持って全国各地を回って、各地の心ある方々と会い、製法を伝え、マクロビオティックというシンプルで健康的な食文化を広めて参りました。

    私たちは言わば使い捨て志向の崩壊直前の物質文明からの脱却と、それに代わる循環型の文明を求めてライフスタイルの転換を訴えて歩いたのです。

    今年はその「生存への行進」から40年にあたり、その原点を確認し、さらに未来に向かってより広がりと豊かさのある人の輪を広げていきたいと思い、「つながるいのちの輪・生存への行進40周年記念イベント」(仮称)なるものを開催したいと思っております。

    やさい村もこうした原点を忘れず、さらに素晴らしい循環型の農業を志し実践する農家さんたちを支え、また皆さまにとっても安心できる、楽しいお買い物が出来るお店を目指して頑張りますので心からよろしくお願い致します!

    (村長大友)

  • 今月の:三鷹 吉田農園
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    畑の様子

    畑の様子

    畑の様子
    畑の様子2

    畑の様子2

    畑の様子2

    今月の三鷹 吉田農園 ~吉田さんから~

    2019年 いよいよスタートですね!
    あけましておめでとうございます。

    旧年の目標は達成しましたか?
    また新年の抱負は決めましたでしょうか?

    偉そうなことを言いながら、2018年私の個人的な目標は1個は達成できませんでした。

    なので、ここでひとつ個人的な目標を発表してお尻に火をつけることにします。 「2019年 フランス語を話せるようになる」とします。

    さて畑は、大荒れの2018の被害からも抜け出し、出荷が進んでいます。
    ● 新年食べたい京芋、八つ頭。
    ● 寒い時のハッピータイム焼き芋。
    ● 大根、人参、白菜、長ネギの鍋兄弟。
    ● コタツのお供の柑橘類

    体を温め風邪で出足をくじかれぬよう、
    今年も元気によろしくお願いいたします!!

    <1月の出荷予定>

    大根/人参/長ネギ/白菜/キャベツ/カブ/里芋類/さつま芋類/からし菜/小松菜/わさび菜/赤水菜/みかん/八朔/柚子
    ※状況により変更になる場合があります。

    *blogはこちら→ 吉田農園WEBサイト
    *メールマガジン→ 吉田農園通信
  • 自然栽培 ー1月の暮らしー
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    1月の暮らし

    1月の暮らし

    1月の暮らし

    『自然栽培 ー1月ー 』
    < 佐藤さんの連載32回目 >

    外は白黒写真のような世界。

    夜中の2時3時に、除雪機のガーガーという音で起こされます。

    これでもかぁ、これでもかぁと、呆れるほど毎日毎日降り積もる雪。
    川はシャーベット状になり、その上にまた雪が降り積もります。

    こうして雪に埋もれ、半月を正月行事で過ごし、
    残りの半月はまた漬物を漬けたり、麹を作ったり、凍み大根を作ったり・・・

    稼ぎに行く皆々は、雪かきに夏の何倍もの時間を取られ、出かけて行きます。
    家に残るものは、日がな除雪と、採れたものの加工に時間を費やす毎日なのです。

    「降ったなヤー。」が、あいさつの言葉となります。

    お米定期購入者募集中!お申し込み用紙は <こちら>

    *blogはこちら→ 女房が語る 佐藤慎一・自然米の栽培日記
    *佐藤さんのお米を買えるのはやさい村だけ!→ 佐藤さんのお米
  • 人のその道|第6回
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    人のその道 福岡自然農園
    人のその道 福岡自然農園1

    人のその道 福岡自然農園1

    人のその道 福岡自然農園1
    人のその道 福岡自然農園2

    人のその道 福岡自然農園2

    人のその道 福岡自然農園2

    「 人のその道 」〜第6回〜

    「その人を知ればその人が創り出す物事が見えてくる」と思たち、生産者さん達の生の声をお伝えします。
    第6回目は、福岡正信氏(自然農法提唱者)を祖父にもち、現在愛媛県伊予市で福岡自然農園を運営する福岡大樹さんにお願いしました。

    【 やさい村(以下:や)】簡単な自己紹介をお願い致します。

    【 福岡大樹さん(以下:福)】25歳で就農し今年で20年の農夫です。作物の収穫する時に「今年も何とか収穫できたな~」とよく思います。祖父や父の姿を思うとまだまだです。

    【 や 】福岡正信自然農園はどのような場所にありますか?

    【 福 】愛媛県の伊予市、松山から車で30分ほどの中山間地を中心に柑橘は山間部「見学者は驚く急斜面が多いです」場所で栽培しています。

    【 や 】一年を通してどんな物を育てていますか?

    【 福 】柑橘約30種、その他果樹8種、米麦、野菜30種
    これも作れるだろうか、これも作れるだろうかと趣味の様に増えてしまい、主に出荷しているのは半分くらいです。

    【 や 】福岡正信さんから教わった事は沢山あると思うのですが、何か特に印象に残っている事は?

    【 福 】四六時中頭の中は自然農法や人の生き方、世界の有り方を考えている様な人でした。(師ではなく孫と祖父の関係でその目線での印象となります。)

    【 や 】福岡正信さんのお孫さんという事で、大変な事もあるとは思いますが、よかった事や悪かった事はありますか?

    【 福 】良かったこと
    子供の頃は良く面倒を見てくれて、山小屋や野山で遊んでもらった事。環境を損なうことなく作物を作れるこの農法を模索してきた祖父と父を誇りに思える事。
    悪かったこと
    思春期にはよく口喧嘩していたが今にして思えば特に悪かったことはないです。

    【 や 】大樹さんが作物を作るにあたって大切にしてる事やこだわりを教えて下さい。

    【 福 】作物を如何に自然に返し本来の生命力を引き出す事、農家として生計を立てる事の出来る量を収穫する事。一見相反する面を含むこの2点のバランスのさじ加減に神経を使います。

    【 や 】今後のビジョンや挑戦してみたい事はありますか?

    【 福 】私達の様な農家は現状、好きだから続けていけるが収入はとても厳しい人が多いです。こういった農法がメジャーになり、営む人々が人並みの収入を得る事の出来るよう考えております。

    【 や 】お知らせや告知があれば、お願いします。

    【 福 】12月11日「福岡正信自然農園」としたホームページ及びネットショップをオープンします。よかったらのぞいてみて下さい。
    福岡正信自然農園のページ https://f-masanobu.jp/

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    やさい村では現在季節の柑橘系を中心に取り扱っております。
    ※入荷状況につきましてはやさい村へお問合せ下さい。

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    福岡自然農園
    〒799-3131 福岡自然農園 愛媛県伊予市大平2-7
    Mail : fuku.shizen@gmail.com

    『福岡自然農園』 WEBサイト
    https://f-masanobu.jp/

  • 「塩」いのちのふるさと[10]
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    2018.12.31 クリック

    ー自然塩復活運動を振り返るー 「塩」いのちのふるさと[10]

    日本に塩業近代化法なるものが出来て、それまで長きにわたり営々と営まれていた塩田が廃止され、イオン交換樹脂膜法という化学的に海水を電気分解して作る製塩法に切り替えられたが、そうして出来た塩とは純度99.8〜9%Nacl(塩化ナトリウム)というまさに化学物質であった。

    それに対して、広範な市民やさまざまな分野の専門家たちからも、この政府の愚挙とも言える政策に対して反対の声が上がって広がって行ったのだ。

    塩の品質が悪くなって、一番困ったのは一般家庭のお母さん達や料理を作る人や、食品製造に携わってる人たちであった。

    作った料理が美味しくなくなった!

    漬けもの屋さんは、塩が変わって漬けものが漬からなくなったと言い出した。
    当然である、発酵の素となるミネラルがなくなった塩では酵素が活動しないからなのだ。

    料理屋さんでは、今までの味が出せなくなった。
    これも当然のことである。
    微量元素のなくなった塩では様々な酵素が活動出来ないので、微妙な味わいが出せないのだ。

    専門分野の研究者や学者達も政府のあまりの暴挙に、当然反論し、立ち上がった人たちがいた。

    当然のごとく、消費者運動をするお母さん達の間には劣悪になった塩を変えなければという情報が広がっていったのだ。

    塩田による塩業を廃止させた本当の理由は、産業を近代化するために工場用地を確保するためだったと私は思っている。

    特に瀬戸内の塩田地帯は廃止されたと同時に、自然に溶け込んでいたのどかな塩田風景は見事(?)な化学工場地帯へと変貌を遂げた訳だが、私には塩田廃止の裏には政府やまた時の政権と癒着した産業界らの陰謀無くしては考えられない。

    また、塩の品質が悪くなって一番儲かった産業は何かというと、廃止された塩田地帯に建てられた石油コンビナートや、化学調味料を作る会社ではなかったかと思ってしまう。

    塩が悪くなった頃、なぜか化学調味料をご飯にふりかけて食べると頭が良くなるという噂が流れて多くの人が味の素をご飯にかけて食べていた。

    寿司屋の中には握った寿司の上から化学調味料を振りかける寿司屋もあったほどだ。

    今考えれば、愚の骨頂と笑い飛ばす話だが、塩の品質が悪化したその代用のようにあらゆる食品に化学調味料が添加されて行き、国民全体が化学調味料の中毒患者に仕立て上げられて行ったのだと思う。

    そして、その化学調味料中毒患者化計画は、入っていないものは無いというくらいほとんどの食品に浸透して行った。
    入っていないものは自然食品の店で買える食品くらいのものである。

    実は、塩を変えることは、日本人の食文化の根本から根こそぎ変える、凄まじい民族絶滅へのからくりが仕組まれていたのではないかと思ってしまうほどの重大な影響を与える出来事であったのだ。